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ようやく「あこがれ/愛」(ジョージ・ウィンストン)が、レッスンで合格しました。
合格と言っても、やっぱり最後のレッスンでも、ミスタッチで弾き直し…。
あ~、あの部分は決めたかったなぁ…。
こんな出来で、弾き納めだなんて、ジョージさん、ごめんね~。

大きなミスの言い訳→
レッスン当日の朝、一度通してゆっ~くり弾いてみると、今まで気付かなかった和音のミスがあることが発覚!
えっ、今まで何故気付かなったのか?

手が鍵盤の位置を覚えると、楽譜をよく見なくなる悪い癖のせいかもしれない。
レッスンまであまり時間もなく、数回程度、正確な音を手に覚えこませたつもりだったけれど、やっぱり駄目でした。

長い期間、違う音で覚えこんだ指を、レッスン本番で修正するだなんてできるはずもなく、何度も弾き直してしまい…。
これなら、違う音のままで、止まらずに弾けた方が良かったかも。

納得のいかない出来で、おまけの合格…。
まぁ、いつものことです。
ミスなく合格したことがありません。

ミスなしを追及すると、1曲に1年ぐらいしか仕上がらなさそうなので、今後も時々自宅で弾き続けていこうと思います。

先生に、サークルでこの曲を弾く予定がある?かと聞かれたので、「1か月前に、上級者がたくさんいる中で、『レッスン中です~』と言って、ミスだらけで弾いてしまいました。」と言ったところ、

先生→「そうなんですね…。そう言えば、先日キタラ(クラシック系大きなホール)でアマチュアの方がピアノを弾くコンサートイベントがあったんですよ。」
私→「え~、そんなイベントあるんですね~。」

にこにこされている先生の顔を見つめ、固まった私→「…、…、えっ…。」
えっ、先生、何を言いたいのだろう? なに、なに? それが私となんの関係が?と、心がざわざわしていると、

先生→「今度、そんなのに出られても、いいのかと思って。まぁ、この教室の発表会などでもいいんですけどね。」

え~、先生、完全に誤解されている!
私が人前で弾くのが好きで、ピアノサークルに行ってると思ってる!

「全然、違うから~。」と心で叫び、慌てて全身全霊で手を横に振り、
「いえいえ、とんでもない! 私、本当に人前で弾くのに緊張してしまい、手に汗をひどくかいたり震えたり、レッスンでも、どこを弾くのか分からなくなったりするので…ブツブツ
だから、その緊張の克服のためにサークルに行ったりしてるんです。」と、本心を訴えたつもりだったけれど、これは、まずいことになったかも。

きっと、来春のピアノ発表会には、絶対誘われる…。
そろそろ、参加するか希望を聞かれる時期だと思うし。
もしかして、このお話は発表会お誘いのプロローグも入ってる?

今年の春は、「ブルグミュラー25を早く終えたいので、ブルグ終了までは参加したくない。」(発表会の曲のために、30分しかないレッスン時間を長時間取られて、ブルグの進度が遅くなるので)と断り、いつか出ることになる発表会のために、今年はサークルで精神力を鍛えようと思っていたのだけれど、まだまだそこまで至らず…なのに。

仲間内の弾き合い会や、ピアノサークルでも緊張して震えて、鍵盤位置が分からなくなるのに…。
ピアノ発表会でも、コンサートグランドピアノだし、それも大勢の人前で弾くだなんて、想像しただけでも倒れそう…。
(人前演奏の最高人数、現在16名)

それに、いつか出る発表会のときには、大好きな和泉宏隆さんの曲だと決めてるし! 絶対、絶対に !



あっ、でも次の新曲は、これだった…。

IMG_C2446.jpg

私の大好きな和泉さんの曲。
いつか弾きたいと思っていた憧れの曲…。

ピアノを始めて、3年半。
ピアノレッスンを始めて、2年。
いよいよ、ここまで、来たのか…。長かったなぁ。

ブルグミュラー25で、思い通りに動かない自分の指に呆れ、「なんでブルグさんは、こんな弾き辛い装飾音や和音を書いたんだ!」とブルグさんに心の中で八つ当たりし、毎日悩ましい練習でくたくたになるような私には、超難しい曲だけど…。

でも、先生も、「頑張って弾いてみましょう!」と言ってくださったし、なんとか時間をかけても、弾けるように頑張ります。

そもそも、「和泉さんの曲を弾きたい」という憧れで、ピアノを始めた訳だし。
情熱&根性+ハノンで弱い指の強化をしながら、過去最高のチャレンジへ。
(でも、万が一、弾けるようになったら、コンサートグランドへ誘われる? まずいことが、待ち受けるのか…?)


IMG_300-B2448.jpg

左手、右手、楽譜のどこを見て弾いたら良いのか?
左手と右手、合わせられるのか?

これより、未知の世界へ出発進行~。



あ~、だけど、ピアノ練習会の練習もしなくちゃ~。時間な~い。



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ようやく余震も少なくなってきたなぁ…と安心していたところに、17日未明、震度3の余震で起こされました。
携帯から、震度3以上の予測時、鳴るように設定してあった緊急地震速報のサイレンが流れ、あの日のことを思い出し、怖かったです。

まだまだ油断できません。

日にちが空いてしまいましたが、大きな地震を経験した日の続きの記録です。
この前の記事→北海道大地震~自分たちの被害状況が分からない



この日は、不安なことがいろいろとあった。

地震当日の朝に、兄や親戚に電話してみたが、1件の携帯には繋がったものの1件は繋がらず。

外では救急車や消防車なのかガスの緊急車両か分からないけれど、1日中サイレンがひっきりなしに鳴っていた。

いつ、停電が解消されるか分からず、夕方に近づくにつれ不安になった。

なるべく冷蔵庫を開けないようにしていたけれど、早い段階で、冷気がなくなっていく冷蔵庫から、牛乳、ヨーグルトだけは、冷凍庫に移していた。

停電前に、冷凍庫は満員状態にしてあったので、凍った食品の融けが遅いようで、まだ冷えていた。
質量の大きなものは、保冷剤代わりになって、お互いを冷やし合っていた。

少量の冷凍物は解凍状態で、もう駄目かもしれないと思いながら、「今通電すれば、冷凍ものはまだ大丈夫かも?」と諦められず、冷凍庫から出せない。
(この時点で、解凍物を全部食べてしまえば良かったのに…。)

そんな訳で、冷凍庫に余分なスペースがないため、冷蔵庫から2点以外の救出は無理だった。

牛乳、ヨーグルトのすぐ隣に、熱を出したときに使う、「アイスノン」をつけておいた。
これが、かなり良かった。
数個あった大型の食品保冷剤より、冷たさを保っていた。
翌日の昼頃までは、冷たかったと思う。


停電は夕方になっても解消されず、午後4時半過ぎから外は暗くなってきた。

「大変、大変! もうご飯支度しなくちゃ…」
一口カセットコンロで、融けかけた冷凍蕎麦とうどんを作り終えると、周りはかなり暗くなっていた。(午後5時過ぎ)

ラジオを聞きながら、再び登場してしまったランタンの明かりの中での、暗い夕食。

「夜中にでも通電するのでは?」 との希望を持ち、「明日は炊飯器で炊いたご飯が食べられる」と、信じていた。
「一日ぐらいお米を食べなくても大丈夫だよね」と言っていた。

夕食後、断水の家庭もある中、水が出るだけありがたいと思いながら、浄水器の水栓から細々と出る水で洗い物を。
普段、電動で便利に使えるシャワー水栓は、こんな時は役に立たない。

灯油燃料の給湯器も、電気がなくては着火しないので使えない。

いつも癖毛で爆発する髪も、ドライヤーが使用できず整えられないので、外出時は結ぶしかない。

車庫のシャッターも、普段は電気のお世話になっている。
説明書を見ながら、手動式に切り替え作業をしてみたけれど、故障なのか開けられず、車からスマホの充電もできない。

他の家庭では、タンクレストイレなので、断水してないのにトイレが使えなかったらしい。(タンクがなく、水を流すレバーが付いていないので。)


本当に冬でなくて良かった。
それだけが救いだと思った。
冬だと暖が取れず、体調不良者が続出すると思った。

我が家は暖房も電気暖房。
灯油式の暖房家庭でも、着火は電気というところが、ほとんどだと思うし…。

本当に電気が無くては、今の生活は不便だらけだと思った。


夜の7時。
電池が無くなりかけたタブレットで、NHKのニュースは見ることができた。

その日に見たものなのか、翌日に見たものか、今では分からなくなってしまったけれど、大きなショックを受けた映像はよく覚えている。

今まで、災害による被災地のニュースを何度も見ては、他人事ではないと思っていたけれど、今度は本当に自分の住む札幌や札幌に近いところに被災者がいるということが、信じられなかった。

災害は、本当に突然やってくるものなんだな。

昨年ぐらいから、北海道の他の地域で小さい地震があったので、道東方面ばかり心配していたけれど、、札幌近郊で大地震の予兆があるとは、メディアから聞いたことがなかった。
(7年前にネットで調べた時に、数十年前の気になる地震はあったけれど。)

家も近所も真っ暗闇の中、地震のショックと現状が信じられない戸惑い、そして、大きな余震がくるかもしれない不安で、何をする気も起きず、「通電したときの感動を味わいたい」と、ぼんやりとラジオを聞きながら頑張って起きていたが、夜遅くになっても停電のまま…。

いつになるか分からないので諦め、寝ることにした。
前日未明の暴風雨(台風)から寝不足続きだったから。

けれど、頻繁に起こる余震で、寝ては起きて…を繰り返し、この日もあまり寝れなかった。


今から思うと、この夜、悔やまれたことが1つあった。
大停電で、外は真っ暗。
星を見るには最適だったらしい。
街や家の明かりがないから、星空が綺麗に見えたとか。

気持ちの余裕がなく、発想の転換ができなかった。
こんな非日常でも、こんなことを楽しめる人が羨ましいと思った。

私はプラス思考タイプだと思っていたのだけれど、本当は違うのかもしれない…。




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もうすっかり、ピアノブログではなく、日記となってしまったこのブログですが、もう二度とこのようになって欲しくない非日常のことを、記録しておきます。
(札幌市在住、避難所ではなく自宅暮らし)

前回の記事の続きではなく、昨日のことを少し。



地震後、混雑している所や行列を避けたくて、スーパーに行ってませんでしたが、お弁当のおかずになる物を買うために、昨日の夕方5時過ぎ、夫の車で大手のショッピングセンターに行きました。(近所にスーパーがないのです。)

そろそろ、生鮮食品も入荷し始めてるって、ニュースで言ってたけど…

野菜、果物→少しあり
魚介→少しあり
魚加工品→2種類ぐらいあり

牛肉以外の肉類→ほとんどなし、ソーセージ類が少しあり
カップ麺→高いものがほんの少し、他はなし
冷凍食品(お弁当に入れられるもの)→10個くらい

卵→なし
乳製品→なし
惣菜類→なし
パン類→なし
納豆、豆腐類→なし
生寿司以外のお弁当類→なし

朝にはもっと在庫があるのだろうと思いますが、夕方にはほとんど商品が無くなっていました。

そんな棚ばかり眺めてるような状態でもお客は多く、みんな何をおかずにしたらよいのか、右往左往しているようでした。

会社帰りのスーツ姿の男性も多く見かけたのですが、なんだか可哀想…。
おかず、お弁当類のようなすぐに食べられるもの、ありませんからね。

まだ学校給食も始まってないようだし、コンビニでもお弁当、パン類を買えるのは少数だろうし、普段の昼食はお弁当じゃない人も、なんとかお弁当を持っていこうと、考えたんじゃないかな?

在庫がほとんどない冷凍食品コーナーに、人が集まって、「もう、これでもいいかっ…!」と、仕方なくカゴに入れる感じ。(私もその1人)

特に乳製品、納豆、豆腐、加工食品の入荷には、時間がかかっているようです。

今回の地震後、商品が入荷しない理由(運送以外の理由)を、何故だか考えたりしていて、「停電の影響で、食品工場の材料がダメになっているんじゃないかな?」と、夫と話していたのですが、やはりそのような影響も、少しはあるようです。

他にも、悲しい理由が…

先日見たニュースで知ったのですが、ある酪農家へのインタビューで「電気が使えないため牛の搾乳ができず、牛が痛みで苦しんだり、断水で水を飲ませられなくなり(牛は大量の水を飲むそうです)牛が衰弱して…」とか

「ようやく搾乳できても、断水で水が出ないため保管容器が洗えず、牛乳を廃棄…」など、辛い判断をしなければならない人もいたようです。

断水や停電の影響は大きなもので、食品製造に直結するものなんだな…と今回初めて分かりました。

災害後のために1週間分の備蓄を…と言われていますが、避難しないで自宅にいても、備蓄品がある程度あれば、「まだ食品が少ない…どこに行けば買える?」と右往左往することもなかったのかな…などと思いました。

大体、地震後1週間も経ってないのに、停電が解消したからと言って、欲張って普通の食料を求める方が、間違いなのかもしれませんね。
ヨーグルト、牛乳も欲しいとか、卵も欲しいとか…。←私  (゚ー゚;A

まだ、避難所生活されている方もいるというのに。反省…。

もう、ご飯とのりと鰹節、お味噌汁、お弁当はおにぎり!
栄養面も考えるなら、青汁とか、ビタミン剤とか。
1週間ぐらいは、「これだけで良し」と言えるような精神鍛錬も必要ですね。

まだまだ私、弱いなぁ…。


※今週内には商品の品薄が落ち着くそうです。
道新ニュース→食品の品薄、週内にも解消



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北海道大地震後の停電は、札幌では7日夜にほとんど解消されていましたが、2日~3日間の北海道全体停電は、物流や製造、酪農、農家などにもかなりの打撃があったようです。

先程、地震後にようやく今日から再開した近くのコンビニに行きました。
少しのおにぎり、1種類のパスタ、少しのサンドイッチとパン、納豆ぐらいしか入荷されていませんでした。

大きなスーパーに行けば、少しは品揃えがあると思うのですが、徒歩圏にスーパーはなく、我が家はほとんどネットスーパー頼り。
そのネットスーパーも地震後は休業だったり、売っていても常温品しかなかったのですが、今日見てみると冷蔵品も少量入荷したようで、回復に向かい始めたようです。

ようやく今日から、食糧確保の心配が薄れてきたことと、ご近所も少し落ち着いたと思うので、アップライトピアノを弱音にして練習を再開したいと思います。
4日もピアノを弾かなかったのは、初めてのことです。

電子ピアノ練習は、節電時間帯が過ぎた午後8時半過ぎからかな…。
なんとか計画停電にならないように、頑張りたいので。



さて、その前に、私が生きてきて最初で最後であってほしい大地震の記録を続けようと思います。
今後の教訓のために…。



前回の続きから~ 長文です。

異様な街の雰囲気を感じながら帰宅した後、朝食をとりながら、朝の情報番組を夫のタブレットで見てみた。
アンテナの関係か、映ったり映らなかったり。
電池消費の心配があるので、短時間だけ。

地震が起きてから数時間後の北海道は、自分が住む地域のことなのか信じられないほど、深刻なものだった。

同じ札幌市内でも、液状化が起こっている地域があるようだ。
道路や地盤がグニャグニャになり、傾いている家があった。
そんな光景はとてもショックだった。
リフォームが終わったばかりの家もあったようだ…。

水道管破裂による断水の地域もあるようだった。
私の家は断水になってなかったが、想像するだけでも大変そうだと思った。
飲み水の不安もあるが、トイレが使えないのは、本当に辛い。

そんな中、「これから断水するかもしれない!」という情報が、メディア以外の複数のところから入って来た。
我が家はお風呂に水も入れてある。
飲み水も、備えてある。

だけど、料理や手洗いも…となると心配なので、更に溜めておくことにした。
非常用グッズで買っておいた水入れ袋を使用する日がくるなんて…。

IMG_B2424.jpg

(容器1つで水10リットル。持ち上げてみたけれど、私は持てず。夫はなんとか持てる重さ。)

こんなの使う日が来るかな? 本当にいるかな? なんて、数年前に購入したときは思っていたけれど、こんな断水の時には必要だと思った。

今回の地震で断水になった原因は、水道管の破裂だけではなかったらしい。
ポンプ式で水をくみ上げるマンションの家庭も、停電のためポンプが作動せず、断水になったとか。

給水所が時間を追うごとに増えていったので、相当数の人が断水で困ることになっていたのかもしれない。

今回、断水を経験した人の話を、ラジオで聴いたのだけど、
「給水所から家まで水を運ぶのに苦労した。水は重いし、何度も往復しなければならなかった」と言っていた。
「マンション7階まで、階段を往復して運んだ」という人もいた。

腰痛持ちの私が想像すると、かなり辛い作業だと思った。

水入れ容器もあまり大きいと、運ぶのが辛いので、自分に合った大きさの容器を用意しておいた方がいいのだろうな。
このような非常用グッズは、実際に使用しないと使い勝手が分からないものなので難しいな…と思った。

情報番組では、「数時間以内に停電が解消の見込み…」という話をしていた。
「それは、良かった!それぐらいだったら、冷蔵庫や冷凍庫の食べ物は、扉を開けなければ、なんとか持つかもしれない」

と、この時はホッとし、通常通りに夜は照明で明るく過ごすことができ、IH調理機も通電して普通に調理でき、炊飯器でご飯が炊けるものと思っていた。

ところが、「数時間以内に停電が解消の見込み」という話は、発電所の故障が分かった後に一転し、「発電所の修復まで1週間程度はかかる」との話に変わってしまった。

震源地近くの発電所が破損したことで、需要と供給のバランスが崩れ、北海道内の発電所が全て自動停止してしまうブラックアウトという事態になっているそうだ。

「えー! 1週間停電したままになるの?」という不安が沸き上がって来た。
「会社はどうなる?」
「交通機関は?」
「物流はどうなる?」
「一口カセットコンロで、少ない食材で、1週間も…何が作れる?」との不安が次々と出てきたが、買い物忘れがあったので、急いで私だけ買い物に出かけた。

そのお店は、食品販売がメインの店ではないのだけど、この付近にスーパーがないので、普段から食品目当てにお客が入っていた。

近くまで行くと…
「あれっ、開店前なのに、行列? えっ、えっ、えー!
どこまで続いてるのー、この行列!」
お店の駐車場の横から90度曲がり、隣の建物まで続く人の列…。
200人以上はいたかも…?
みんな、何買うんだろ?

開店しても全然進まない行列を不思議に思って30分待っていると、前から走って来た人が、
「大変、大変! 今、入り口見てきたけど、入場制限で3人ずつしか入れてないわ~!」と叫んでいた。

「えっ!どうする、どうしよう、買うの止めようか…。どうしても今日買わなくても、明日でもいいか。」と諦め、帰宅。

その後、食糧確保の不安や、余震の恐怖があったけれど、悩んでいても仕方ないので、地震で散らかった部屋を片付け、その後、これから来るかもしれない大きな余震のために、ピアノ転倒防止対策を取ろうと思った。

「ピアノ耐震グッズを使用していれば良かった…。
まさか、この地域にこんなに大きな地震が来るなんてなぁ。
メディアでは、道東(北海道東側)は、大地震が来る可能性が高いと言ってたけど、このあたりはノーマークだったよな。
でも、本当に倒れなくて良かった。」
なんて、思いながら、段ボールを駆使して、突っ張り棒代わりに天井の間に挟み込んでみた。

IMGB2417.jpg

(白い布をかけたのがピアノ、手前に寝具のマットレス、ダンボール、吸音材など手当たり次第置き、寝るときには手前にソファーを置いて、倒れた時に備えてみたけど…。)

こんなので、本当に効果があるのか分からない。
だけど、何もしないではいられなかった。
ただの気休めかもしれない。
でも、今できることはこれしかない…。

その後、昼食時間になったので、なんとかギリギリ冷凍状態…? といえそうな「冷凍パスタ」を出してみた。

電子レンジをかければいいだけの「冷凍パスタ」を、たまに手抜きの昼食で食べるのだけれど、「チンできないし、どうするかな…」と料理方法が書いてある包装の裏面を見てみたら、なんと! フライパンでも調理できるらしい。

「やったぁ! これなら、カセットコンロでもできる」ということで、違う味のパスタ2種を、1つ作っては夫に出し、1つ作っては自分に…。
「早く2口コンロで調理したいなぁ。1口しかないと、時間がかかりすぎる。
いやいや、今は非常時だから、調理できるだけ有難いとと思わなくちゃ」と、なんとか昼食を乗りきった。

ラジオは、テレビを切ってから、ずっとかけ続けた。
NHKは、地震に関するニュースを。
民放はそれに加えて、停電や断水で困っている他の人のメールを読み上げたりもしていた。

給水場所の情報や、入浴できる銭湯の場所、携帯が充電できる場所、無料でピザを配っているお店などの情報もあった。
本当に電池で聞けるラジオが無かったら、何も情報収集ができなかったと思った。
ラジオの有難さを知った日となった。

だけど、ラジオには悪いけど、「百聞は一見に如かず」いうことわざのとおり、やはり目からの情報にはかなわないと思った。
(タブレットで短時間だけ、テレビ放送を何度か観た時に、ラジオを聴いて想像していた以上に酷い状況だったので。)

停電でテレビを見ることができない被災地は、目から入ってくる情報がないので、自分のいる町がどんな状況になっているか、ラジオを聴いて想像することしかできない。

「土砂崩れや液状化、スーパーに行列、携帯充電に行列、ガソリンスタンドに殺到」といくら耳で聞いても、「被害はどの程度なのか、行列はどのくらい続いているのか?」など、テレビを観ている被災地以外の人の方が、状況を詳しく把握できているんだろうなぁ、と思った。

自分の街の災害のことなのに、「ラジオもなく、家にこもっていて周りの状況が分からない」という人も多くいるのではないか?と思っていた。
(つづく…)




昨日のニュースを観ると、やはりそのような人がいたようです。
札幌在住の方へインタビューすると、
「ラジオが無く不安なので、スマホで情報収集するしかなかった。
それで電池がすぐに無くなり、無料の携帯電池充電にやって来た」と言っていました。

「あぁ、それで、あんなに携帯充電に行列ができていたのか。安否確認だけじゃなかったんだ。」と納得しました。

我が家はこんな古いラジオでも電池式で、スピーカーも大きく聴きやすく、本当に助かりました。
停電が解消した後、「本当にありがとう、ラジオくん。君がこんなに貴重な存在だったなんて、知らなかったよ…。」と感謝の言葉をかけました。

IMG_C2423.jpg


「これ、もう捨てようか」と言っていたラジオでしたが、おそらく捨てることはないでしょう。
こんな使い方をする日が、二度とないことを願いたいですが…。

※もう数日前のことなので、段々と記憶が薄れてきていますが、停電解消までの残り一日を、次回書きたいと思います。



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この度の北海道の震災で、お亡くなりになった方、安否不明の方、住宅が損壊された方、避難された方がいらっしゃいます。
被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

まだ断水が続く地域もあり、不便な生活を送られている方もいらっしゃるようです。
一日も早く、通常通りの生活ができる日がくることを願っております。

また同じ地域で、「大きな余震がくる可能性がある」という情報もあるようです。
今回、地震に合われた皆さま、今後も十分にお気をつけください。



ようやく昨夜、私の家は39時間ぶりに停電が解消され、ようやくブログに記録できるようになりました。
私が初めて大きな地震を経験した後の周りの状況や、停電で役に立ったグッズなどを記録しておこうと思います。

2日前の9月6日午前3時8分。
突然、縦揺れのかなり大きいと思われる地震がやってきました。

2階で寝ていた私は、すぐに出口を確保しようと飛び起き、3~4歩先のドアに歩こうとしたもの、全く歩くことができず、ベッドに両手をつき、支えていた両足の膝は、まるでダンスのフリのように、内側外側へと何度も交互に動いてしまうばかり…。
夫も私も、揺れがおさまるまで、言葉も出ませんでした。

揺れがおさまると、急いで部屋のドアを開け、夫に「テレビつけて!」と叫びました。
小さいテレビから流れる報道には、「北海道胆振地方、震度6強」(その後震度7 に訂正されました。)の文字と、緊迫したアナウンサーの声が…。

「えぇっ! なにっ? 6強って! このあたり大きな地震来たことあった?」と大声で叫んでしまい、私のいる札幌の区の震度を探しましたが何故かテロップが流れません。
札幌の他の区では震度4~5強なので、おそらくこの範囲なのだろうと想像することしかできません。

こんな大きな地震、生まれたときから札幌に住む私は、経験したことがありません。
体感では震度4ではなく、5以上ではないかと思いました。
(それまでは、札幌は最大震度4でした。)
(1日後に、震度5強だったと分かりました。)

その後、すぐに隣の部屋に行くと、無残にもたくさんの物などが散乱し、破損したものもありました。

床は落ちたものでガッツリ傷が入ったり、床のフローリングの一部盛り上がったり…
この惨状にショックを受けながら、一階の居間に行きました。

「あぁ、ピアノが無事だった!
ちゃんと、立ってる! 良かったぁ!」と叫びました。
ピアノが倒れてたら、私は立ち直れないと思いました。

「あっ、仏壇は…? 」と隣の部屋を見ると、位置がずれてはいましたが、倒れませんでした。
(仏壇より、ピアノを先に確認した私って…家族の皆さん、ごめんなさい…。)

後から分かったことですが、仏壇、本箱、机などの家具の位置が、10cm以上ずれていたのです。
本箱の突っ張り棒がなかったり、仏壇の前の机がなかったりしたら、おそらく倒れていたのだと思うと、本当に怖かったです。

ピアノは耐震グッズを使用してませんでした。
ですが、ピアノの背面に置いた防音パネルを、ピアノにぴったりと押し付けるために、短い突っ張り棒を、縦ではなく横に使用して、壁に突っ張っていました。

壁 ⇔ 防音パネル、ピアノ
  ↓
 (突っ張り棒)

突っ張り棒の下や周りに、吸音材や寝具のマットレスなどを「少しでも吸音になれば…」と普段から置いていました。
ピアノは後ろに倒れやすいと、以前ネットで見ていたので、これがもしかすると良かったのかもしれません。

揺れた恐怖や、散乱状態のショックや、ピアノなどが無事だった安堵や、いろいろな気持ちが混在してましたが、とにかく私達が無事で良かった…とほっとしていた矢先、突然真っ暗になりました。
「えっ、停電? 今頃? 30分くらいは、電気ついてたよね? どうしたんだろ?」と思い、携帯のライトを頼りに、懐中電灯を出しました。

その後、避難グッズで用意してあったLEDライトのランタンを出してきて、明かりを確保。
テレビの地震情報が観れなくなったので、夫が電池式のラジオを探して、居間に持ってきました。

その後、少し落ち着いたので、スマホを見てみました。

緊急地震速報が鳴っていたようでした。
あぁ、そういえば、鳴っていたかも…。
でもそれが鳴ったのは、もう大きな揺れがきてからでした。
家の中でガッシャッ、ガッシャッ、いろいろな物が揺れる音がする中で、あまり聞こえませんでした。

「緊急地震速報、0秒後」のスマホ表示…直下型の地震では、役に立たないと思いました。

少し落ち着いたとはいえ、余震が続くため興奮状態でドキドキしながら夜明けまで、ラジオから流れる地震のニュースを、ただ茫然としながら聞くことしかできませんでした。

北海道全域で大停電が起こり、札幌の交通機関は全線ストップ。
このため、信号も消えているらしいとか。
厚真町で大規模土砂崩れが起き、多数の家屋が巻き込まれたもよう…。
少しずつ、情報が入ってきました。

前日、北海道西側は大きな台風に襲われていたので、地盤が弱くなっていたようです。
この日暴風雨が酷かったため、私達も眠れませんでした。
この翌日に大地震とは…。

午前6時過ぎに、夫には会社から自宅待機のメールが送られてきました。
電気が通らなくては、仕事にもならないし、交通全線ストップじゃ、会社にも行けないしね。

そう、それならば、「コンビニで朝食と昼食などの食料を買い込もう」、ついでに「非常用袋に少しのカンパン、クッキー、パックご飯3個、飲料水ボトルしかなかったので、何か買い足そう」と思ったときには、もう午前7時を回っていました。

コンビニに向かう途中、本当に信号が消えていました。
大き目の道路ですが、通常より少ないと思われる交通量の車。
その車の切れ目に渡るしかありません。

1つ目のAコンビニ。
「今は開店できません」という内容の張り紙が…。

2つ目のBコンビニ。
暗い店内でしたが、20数人程度のお客さんの行列が、外まで続いていました。

パンコーナーのパン、おにぎり類など全くなくなっていました。

パンコーナーではない場所にあったパンだけは数点残っていたので、そのパンとバナナ、300ミリボトル(飲み切れる容量)の飲み物、カップ麺、お腹の足しになりそうなクッキー、レトルト食品、乾麺などを買い、夫と列に並びました。

後ろに並んでいたご夫婦らしき人が、
「今は水道から水が出てるけど、今後何があるか分からないので、お風呂に水を入れておいた」と言っているのが聞こえました。

「みんな同じこと考えたんだな…。
私も停電後、断水の不安があって、すぐにお風呂に水を入れたからなぁ、みんな不安は一緒なんだな。
こんな経験、札幌市民は初めてだもんな。」と思いました。

私達がレジの番になって分かったことですが、コンビニのレジは使用できないので、バーコードを読み取る機械のようなもので、合計金額を出して、お金のやり取りをしていました。

なので、現金だけのやり取りで、電子マネーは使えないようでした。
レシートも、もちろん出ません。
このような非常事態の時は、ある程度の現金が必要だと思いました。

初めての大変な事態に、店員さんも緊張した面持ちでした。

夫が言うことには、地震で割れたと思われるワインの液体が、まだ店の床にこぼれていたそうです。
こんな状況の中、「よくお店を開いてくれましたね。ありがとうございます。」と、心の中で感謝せずにはいられませんでした。

買い物の帰り道、続々とそのコンビニに人が向かってくるようでした。

すれ違う私たちのレジ袋に目を向け、「コンビニで、開いているところがあるんだ!」と確信したのか、私達が行ったコンビニに向かって走り出す人もいました。

帰り道、初めに来たAコンビニは、まだ開いてませんでした。
ですが、駐車場の車の中にもお客が待機し、開くか分からない入り口前にも、数人の人が並んでいました。

地震と長時間停電の影響で、通常では見られない緊迫した雰囲気が外に漂っている気がしました。


(長くなったので、続きは次回にします。)

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